エビデンスの渦の中で

「科学的根拠」という言葉を多くの人が耳にしたことがあると思います。

エビデンスのない医療=ふさわしくない医療

という認識さえあるくらいです。


であれば、当然私の行っているホメオパシー療法はふさわしくない医療の位置づけになることでしょう。

科学的根拠に基づいた医療のことをEBM(エビンデス・ベイスド・メディシン)と略されることもありますが、

このEBMを尊重すれば必ずしも最良の医療となるのか?



これはノーです。

統計学的に有意であること=目の前の患者に有効である

ではないのです。

なぜならそこには、患者の意見(意思)や医師の経験は反映されていないからです。


だから何かにけてEBMを叫ぶ人は要注意だと個人的には考えます。

医療はだれのためにあるのか?

患者のためであって科学的根拠を検証するためにあるのではないからです。

どこまでいっても人生の主人公である患者に寄り添うのが医療者と、私は考えます。


こう書くと、「じゃ、自殺や安楽死をすすめるということですね」などと極論を持ち出し煽る人がいます。そこには医療者の経験は反映されているのでしょうか?

ある一つの論理だけですべてを整理するには無理があります。

「総合的に考えて」の視点を常に忘れず、医療者として必要な提案は患者に行うべきだし、情報提供の上で対話しながら治療方針を決めていく。


難病やガンなど、比較的経過の長い病気においては特に求められるのではないでしょうか?




EBM、EBMといいますけれど、前立腺がんを例に挙げてみたいと思います。

前立腺がんはがん検診による早期発見が意味をなさないがんの代名詞ということは、どこかで耳にしたことがあるかもしません。

進行がとてもゆっくりで命を取ることもないがんだとされてます。

亡くなられた男性高齢者を解剖すると、多くの人が前立腺がんを持っているともいわれていますが、直接の死因にかかわることはないようです。

アメリカのUSPFTF(米国予防医学作業部会)では、前立腺がんの腫瘍マーカー(血液検査:PSA検診)は積極的にする必要なし、との見解を発表しています。

なぜなら先述のような科学的根拠が指示されているからです。


これを受けて、日本泌尿器科学会はどのように述べているのでしょうか?


ーーーーー

政権与党であります自由民主党の総合政策においても「がん対策の充実」として、「女性特有のがん対策として、子宮頸がん、乳がんの早期検診を促進するとともに、成年男子の前立腺がんの早期検診も促進します」との指針が明示されており、我が国における医療政策として、前立腺がん検診を広く、正しく推進していくべきと考えております。

日本泌尿器科学会ウェブサイト)

ーーーーー


政権与党に対して科学的な治験を提供するのではなく、自民党の指針に学会として追従するという意味です。

そこにEBMはありません。


そもそも臨床試験のデータが正しい証拠としてあるのか?

利益相反が払しょくできないこの大学研究の補助金システムの中で「ソンタク」はないのか?

「臨床試験の結果をどこまで信じるか?」というタイトルで東大教授の座長と京大特定助教授の演者を招いたセミナーも開催されているのというのですから(埼玉医科大学:2018年9月)

誰もが疑ってるからこそ、「どこまで信じるか」という題名になるわけで

エビデンスに基づいて医療を考えることがすべてではないし、それが常に最優先の判断材料とは言えそうにありません。


すべてはそこに関わる人々の「良心」に左右され、医療者に求めるモラルは「もし自分のとても大事な人だったら」の前提で治療の選択肢を与えるべきではないかと私は思うのです。




参考:統合医療とは何か?が、わかる本

   なぜ人は治るのか

   健康から生活をまもる


12回の閲覧